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大阪地方裁判所 昭和27年(行)63号 判決

原告 石原勉

被告 大阪通商産業局長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「被告が、兵庫県神崎郡越知谷村地内のろう石に関する原告の昭和二六年二月一〇日付試掘願に対し、昭和二七年六月二六日なした不許可処分を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、

「原告は兵庫県神崎郡越知谷村大字越岩所在の山林五町二反九畝一歩(以下本件山林と称する。)を所有し、昭和二四年以来、後藤幸吉に右山林内におけるろう石の探鉱、掘採に従事させていたところ、ろう石は昭和二五年一二月二〇日公布、昭和二六年一月三一日施行の法律第二八九号による鉱業法の改正(以下右改正された鉱業法を単に法と称し、その改正前の鉱業法を旧鉱業法と称する。)によつて、新たに法上の鉱物となつたので、法の施行后ろう石を掘採するために、鉱業権の設定を受けなければならないこととなつた。原告は前記のように、法施行の日の六箇月以前から引続きろう石を掘採している者であるところより、法施行の日から六箇月以内である昭和二六年二月一〇日、被告に対して、公布及び施行の各日が法のそれと同日である法律第二九〇号鉱業法施行法(以下単に施行法と称する。)五条に基き、前記山林を含む同村地内面積三〇ヘクタールを出願地とする、ろう石の試掘権設定の出願をした。ところが被告は昭和二七年六月二六日原告の右出願に対し、原告の出願地は左記(イ)(ロ)の試掘鉱区に重複し、その残地は法定の面積に満たないことを理由として、不許可の処分をした。

(イ)  兵庫県試掘権登録第五八五六号金外五鉱区試掘鉱区

(ロ)  兵庫県試掘権登録第五八六二号金外五鉱区試掘鉱区

(一)  右(イ)の試掘鉱区は、中島貞信が、(ロ)の試掘鉱区は日鉄鉱業株式会社が被告に対し、法施行前である昭和二五年一二月に、金鉱、銀鉱、銅鉱、鉛鉱、亜鉛鉱、硫化鉄鉱、明ばん石の試掘権設定の出願をし、それに対する被告の許可処分を得て登録をした結果、設定されたものであるが、原告のなした前記出願は、施行法五条によつて、法二七条の規定にかかわらず、他に先願があつても鉱業権の設定につき優先権を有し、且つ鉱区面積の制限(法一四条二項三項)、同一地域における鉱業権重複設定の禁止(法一六条)等に関する法の規定の適用が排除されているのであるから、原告の本件出願は、中島等の右(イ)(ロ)の試掘権が設定された后においても許可されなければならないものである。ところが被告は、原告の施行法五条に基く本件出願を法二一条に基く通常の出願として取り扱い、前記のように不許可処分をしたのであるから、施行法五条の適用を誤つた違法がある。もつとも、原告は被告に対する本件出願に際し、法二一条、鉱業法施行規則(以下単に施行規則と称する。)四条に規定する願書及び区域図のみを提出し、施行規則附則(以下単に附則と称する。)八項一号、二号に規定する書面九項に規定する図面を提出しなかつた。しかし法は勿論、施行法や施行規則中にも、出願書類が不備な場合に施行法五条に規定する優先権を喪失する旨の条項が何等ないばかりでなく、附則八項一号、二号に規定する書面は、基本たる法二一条、施行規則四条に規定する願書及び区域図と比較して、附随的な書類にすぎない。しかも原告は、本件山林を元来ろう石掘採の目的で買い入れていたのに、ろう石が法により追加鉱物となつたため、右山林内のろう石に対する所有権を失う結果となるが、この場合憲法二九条に違反することは許されない。

施行法五条により原告に与えられた優先権は、財産権保護に関する憲法二九条の趣旨に照し、単なる附則に規定するような書類の不備によつて失うものではないといわなければならない。また原告は本件出願后、原告が古くから本件山林を所有し、且つ右土地においてろう石を継続して掘採していることを証明するために、被告の指示に基き、附則八項一号、二号の書面に代る書類として、土地登記簿謄本、本件山林が原告の所有であることを証明した越知谷村長作成の証明書(甲第一二号証)、本件出願地が原告の所有であることを同村森林組合長が証明した図面(乙第一二号証)を被告に追加提出した。仮りに右追加提出した書類が、附則八項一号、二号の書面に代るものでないとしても、附則に規定する右書面は、施行法五条に基く出願であることの願意を示すためにのみ必要な書面にすぎない。そして原告は被告に対し、本件出願が施行法五条に基く出願であることを度々説明し、前記追加書類によつてもその旨を明かにした。被告においても、昭和二六年七月一〇日原告の本件出願が施行法五条に該当するか否かを実地に調査し、且つ原告はその際、原告が本件出願地において、ろう石の掘採事業をしていることを主張し、被告に対して、右事業の現状を調査するよう申し入れたのであるから、被告はおそくとも、右実地調査をした昭和二六年七月一〇日までには、原告の本件出願が、施行法五条に基く出願であることを知つていたのである。従つて附則八項一号、二号の書面の提出はもはや必要でなく、原告の本件出願は、施行法第五条に基く出願として有効である。仮りに原告の本件出願の書類が完備していないとしても、施行法五条に基く出願を、通常の出願に転換して処理することは、被告に許されていないのであるから、被告は法一八二条に基いて、原告に対し、相当の期限を附してその修正又は補充を命じなければならなかつたのに、被告は何等修正又は補充を命ずることなくして、原告の本件出願を通常の出願として取扱い、その結果前記のような不許可処分をしたのであるから、右不許可の処分は違法である。

(二)  仮りに被告が、原告の本件出願を、通常の出願として取り扱つたことが、適法であるとしても、中島等の被告に対する前記(イ)(ロ)の試掘権設定の出願は、金鉱、銀鉱、銅鉱、鉛鉱、亜鉛鉱、硫化鉄鉱、明ばん石を出願鉱物とするものであつた。しかし中島等の右出願地附近は、古くよりろう石の産地であつて、同人等の右出願鉱物、殊に明ばん石は全く存在しないこと、周知の事実であるから、右出願地におけるそれら出願鉱物の掘採は経済的に価値がない。この場合、被告は法三五条によつて、同出願を許可してはならないのにかかわらず、同条に違反して同出願に許可を与え、前記(イ)(ロ)の試掘鉱区が設定されたのであるから、右許可処分は本来取り消されるべきものなのである。ところが被告は中島等に対する右許可処分及び試掘鉱区の設定が有効なことを前提として、原告の本件出願に対し、その出願地が右試掘鉱区に重複し、残地は法定の面積に満たないとして、不許可の処分をしたのであるから、その不許可処分は、違法な処分である。

そこで原告は昭和二七年七月一七日通商産業大臣に対し、被告のなした本件不許可処分を不服として異議の申立をしたが、同大臣は同年一一月二八日右異議申立は理由がないとして、棄却の決定をし、右決定はその頃原告に送達されたので、被告のなした不許可処分の取消を求めるため、本訴に及ぶ。」と述べた。

(証拠省略)

被告は主文と同趣旨の判決を求め、答弁として、

「原告の主張事実中、原告が本件山林を所有し、昭和二六年二月一〇日被告に対して、右山林を含む兵庫県神崎郡越知谷村地内面積三〇ヘクタールを出願地とする、ろう石の試掘権設定の出願をしたが、被告は昭和二七年六月二六日右出願に対し、出願地が原告主張の(イ)(ロ)の試掘鉱区に重複し、その残地は法定の面積に満たないことを理由として、不許可の処分をした。そこで原告は同年七月一七日通商産業大臣に対し、被告のした右不許可処分を不服として異議の申立をし、これに対して同大臣は同年一一月二八日右異議申立は理由がないものとして、棄却の決定をし、右決定がその頃原告に送達されたこと、原告の主張する(イ)(ロ)の試掘鉱区は、中島貞信等が被告に対し、法施行前である昭和二五年一二月に、金鉱、銀鉱、銅鉱、鉛鉱、亜鉛鉱、硫化鉄鉱、明ばん石の試掘権設定の出願をし、それに対する被告の許可処分を得て登録をした結果、設定されたものであること、原告は被告に対する本件出願に際し、法二一条、施行規則四条に規定する願書及び区域図を提出したのみで、附則八項一号に規定する「当該鉱物の掘採事業の現状を記載した書面」及び同項二号に規定する「法の施行の日の六箇月以前から引き続き追加鉱物を掘採している者であることを証する書面」を提出しなかつたが、後日、本件山林が原告の所有であることを証明した越知谷村長作成の証明書(甲第一二号証)、本件出願地が原告の所有であることを同村森林組合長が証明した図面(乙第一二号証)を提出したこと、被告が原告主張の日に、原告の本件出願が施行法五条に基いてなされたものであるかどうかを確かめるために、その出願地について実地に調査したことは認める。しかし鉱業権の設定の出願は極めて厳格な要式行為であつて、単なる口頭の申出は一切これを採用せず、必ず所定の書面及び図面の提出によつてのみ出願の趣旨を認めるべきものである。附則が法二一条二項にいわゆる省令にあたることはいうをまたない。原告より施行法五条に基く優先権を主張するのに必要な書類の提出なく、且つ原告が法施行の日の六箇月以前から引続き、追加鉱物であるろう石を掘採している者であるとは認めることができず、しかも原告の出願を施行法五条に基く優先権を有する出願と認める余地は全然なかつたので、被告は法一八二条に基く修正又は補充の命令をしないで本件出願を一般の出願として取り扱い、そのうえで前記理由による不許可処分をしたのである。もともと法一八二条に基く修正又は補充の命令は被告の自由裁量であつて、被告が必要と認めるときはこれを命ずることができるが、これを命ずべき義務を負うものでないから、いずれにしても右不許可の処分は適法である。即ち、施行法五条に基く出願をしようとする者は被告に対し、通常の出願に必要な(1)法二一条、施行規則四条の規定する願書及び区域図の外、施行法五条に基く出願であることを証するのに必要な、(2)附則八項一号に規定する「当該鉱物の掘採事業の現状を記載した書面」、(3)同項二号に規定する「法の施行の日の六箇月以前から引き続き追加鉱物を掘採している者であることを証する書面」を添えて提出し、且つ附則九項に基いて、(4)願書に添えるべき区域図には、施行法五条の規定による従前の掘採区域と出願の区域との関係を明示しなければならないことになつている。ところが原告は被告に対する本件出願に際し、右(1)の願書及び区域図のみを提出し、(2)(3)(4)の書類を提出しなかつたので、原告の出願が通常の出願であるかどうかは不明であつた。しかし原告の本件出願は、法施行后六箇月以内に、追加鉱物を目的としてなされたものであるので、被告は軽々しく同出願を通常の出願と認定することなく、右出願書類を作成した代書人吉本登志雄に対し、右出願が施行法五条の規定に基くものであるならば、前記(2)(3)(4)の書類を添附、補充するよう注意したが、それらの書類は被告に提出されなかつた。しかも被告は昭和二六年七月一〇日他の出願に対する調査の序に、なおも念のため原告の出願が施行法の要件に該当する優先出願であるかどうかを確かめるために、原告の出願地を実地に調査した。その際被告は越知谷村役場において、原告の代理人として立ち会つた小林輔太郎に対し、追加鉱物の優先出願に必要な関係条文を示して詳細な説明をし、若し原告の出願が施行法五条に基く優先出願と認められないときは、原告の出願鉱物と同種の鉱床中にある金鉱、銀鉱、銅鉱、硫化鉄鉱、明ばん石等を目的とした、旧鉱業法に基く前記(イ)(ロ)の先願があるから、これらの先願に鉱業権が設定された后においては、原告の本件出願は不許可となる旨を注意した。これに対し小林は、原告より先に出願した中島等の右(イ)(ロ)の出願の目的とする鉱物は、その出願地に存在しないし、仮りに存在するとしても、それらの鉱物は原告の出願鉱物であるろう石とは異種の鉱床にあるのであるから、(イ)(ロ)の出願に対し原告より先に鉱業権が設定されたとしても、原告の出願はそのために不許可となるべきものではない旨を強調するばかりで、原告の本件出願が施行法五条に基くものであることは主張しなかつたが、若し原告の本件出願が施行法五条に該当する出願なのであれば、中島等の出願地におけるその出願鉱物の存否や、鉱床の異種、同種の区別は問題にする必要がないはずである。また小林は、被告に提出しようと思いさえすれば、同村役場において直ちに作成して貰えるような同村長の掘採証明書すら提出しなかつた。被告は更に翌一一日他の出願の実地調査后、原告の出願地の現状を調査したところ、過去において掘採された形跡はあつたが、それも土砂が崩壊している程度であつて、法施行の日の六箇月以前から引き続きろう石の掘採作業を行つているものとはとうてい認められず、附近には小屋がある外、索道、トロツコ軌道、搬出路等の施設、工作物は見当らなかつた。ここにおいて被告は、以上の各状況よりして、施行法五条の規定による優先権を主張するための要件である「法施行の日の六箇月以前から引き続きろう石を掘採している者」には原告は該当しないものと認め、従つて法一八二条の補正命令を出すことなくして、原告の本件出願を一般の出願として取り扱い、且つこれに対して前記のような理由で不許可処分をしたのである。もつとも原告は被告に対し、本件出願の願書を提出后本件山林及び出願地が原告の所有であることを証明する旨の前記各証明書(甲第一二号証、乙第一二号証)、本件山林におけるろう石の掘採に関しその沿革を記述した原告の説明書(甲第一〇号証)、後藤幸吉、足立金治のろう石掘採に関し便宜を計つて貰いたい旨の越知谷村長の陳情書(甲第一一号証)を提出したが、右書類はいずれも、原告の出願が施行法五条に該当するものであることを立証するに足る書面ではなかつた。

中島等の前記(イ)(ロ)の出願地一帯の地質は、主として第三紀中新統の噴出による石英粗面岩より成り、諸種の金属鉱物が存在しうる地質である。明ばん石についても、ろう石と同様、その鉱床は長石類に富む石英粗面岩、安山岩及びそれらの凝灰岩が酸性熱水液の作用により、岩石全体或いはその中の長石が交代されて生成されたものであつて、明ばん石とろう石の鉱床は密接な関係にある。前記(イ)(ロ)の出願地の北西約一〇キロメートルの地点にある栃原鉱山及び南々西約八キロメートルの地点にある福山鉱山等の地質は、いずれも右出願地の地質と同様であるのに、そこには明ばん石とろう石が共存しているのであるから、(イ)(ロ)の出願地のろう石鉱床中にも、明ばん石が存在しないとはいいがたい。しかも右(イ)(ロ)の出願は、探鉱を目的とする試掘権設定の出願であるから、同出願地にはその出願鉱物が存在しないものとして、鉱物の掘採が経済的に価値がないと、軽々しく断定するわけにはいかない。従つて被告が同出願に対し、法三五条に基く不許可の処分をしなかつたことは違法でない。施行法五条に基く優先出願であつても同法による出願には優先しないものである。被告が前記(イ)(ロ)の出願を許可し、原告の本件出願が前記鉱区と重複し、残地は法定の面積に満たないものとしてこれを不許可処分としたのは適法である。」と述べた。

(証拠省略)

理由

原告が本件山林を所有し、昭和二六年二月一〇日被告に対して、右山林を含む兵庫県神崎郡越知谷村地内面積三〇ヘクタールを出願地とするろう石の試掘権設定の出願をしたが、被告は昭和二七年六月二六日右出願に対し出願地が原告主張の(イ)(ロ)の試掘鉱区に重複し、その残地は法定の面積に満たないことを理由として、不許可の処分をした。そこで原告は同年七月一七日右不許可処分に対し通商産業大臣に異議の申立をしたが、同大臣は同年一一月二八日右異議申立は理由がないものとして、棄却の決定をし、右決定がその頃原告に送達されたことは当事者間に争がない。

一、原告の(一)の主張について

元来土地に埋蔵される鉱物は、土地所有者といえども鉱業権によるのでなければ、これを採掘することができない(法七条本文)。鉱物を掘採し取得する権限は、土地所有権の内容に包含されない。鉱物を掘採し取得する権利は、国に留保され、国はこれを鉱業権として、一定の要件のもとにこれを賦与する権能を有するのである(法二条)。もつとも、法三条に定めた鉱物の範囲は、旧鉱業法二条に定めた鉱物に比して追加せられたものもあるが、旧鉱業法に列挙されなかつた鉱物も一般に国有であつて、時代の推移、科学技術の進歩に伴い、鉱業法による手続をとらせる必要の生じた場合、法律の規定によつてこれを鉱物として追加指定することを妨げないものと解するのが相当である。従つて旧鉱業法において鉱物として定められていなかつたろう石が法三条によつて鉱物として追加されたとしても、憲法二九条の規定に違反し土地の所有権を侵害するものということのできないことは明かである。しかしながら従前の掘採者の利益の保護のため、施行法五条は法の施行の日から六箇月以前から引き続き追加鉱物を目的とする鉱業権の設定の出願をしたときは、法二七条の規定にかかわらず、他の出願に対し優先権を有し、且つ鉱区面積の制限(法一四条二項三項)、同一地域における二以上の鉱業権設定の禁止(同法一六条)等に関する法の規定の適用を排除することを定めたものである。そして施行法五条の規定による出願も法二一条の規定の適用をうけるものであり、出願の手続は省令の定めるところによることは同条二項の規定するところであるから、施行法五条の規定により優先権を与えられる出願をしようとする者は、通商産業省令である施行規則及び附則に定める手続によらなければならない。施行規則及び附則に定められた書面を通商産業局長に提出しないでいて、施行法五条の規定による優先出願を主張することは許されないものといわなければならない。

ところが、原告は本件出願に際し被告に対し(1)法二一条、施行規則四条の規定する願書及び区域図のみを提出し、(2)附則八項一号に規定する「当該鉱物の掘採事業の現状を記載した書面」、(3)同項二号に規定する「法の施行の日の六箇月以前から引き続き追加鉱物を掘採している者であることを証する書面」、(4)附則九項に規定する施行法五条の規定による従前の掘採区域と出願の区域との関係を明示した区域図を提出しなかつたことは当事者間に争がないから、被告が原告の本件出願を施行法五条の規定による優先権を有する出願として取り扱わなかつたことを以て違法とすることはできない。その後原告が本件山林が原告の所有であることを証明した越知谷村長作成の証明書(甲第一二号証)、本件出願地が原告の所有であることを同村森林組合長が証明した図面(乙第一二号証)を被告に提出したことは当事者間に争がないけれども、これらの書類や原告主張の土地登記簿謄本、原告の説明書(甲第一〇号証)同村長の陳情書(甲第一一号証)が附則八項一号、二号九項に定める書類に該当しないことは明白である。

原告は、被告は法一八二条の規定により原告に対し本件出願書類の修正又は補充を命ずべきものであつたと主張し、被告が昭和二六年七月一〇日本件出願が施行法五条に基くものであるかどうかを確かめるためその出願地について実地に調査したことは当事者間に争がないけれども、成立に争のない甲第六号証、同第九乃至第一一号証、証人伊藤博、同小林輔太郎の証言を総合すると、原告の本件出願が、施行法に基くものであるかどうかは必ずしも明かでなかつたが、法施行后六箇月以内に、追加鉱物を目的としてなされたものであるので、被告は軽々しくこれを一般の出願と認定することなく、右出願書類を作成した代書人吉本登志雄に対し、右出願が施行法に基く優先出願であるならば、附則に規定する書類も添えて提出するよう注意したが、その提出はなかつた。しかも被告は昭和二六年七月一〇日他の出願に対する調査の序に、なおも念のため原告の出願が施行法の要件に該当する優先出願であるかどうかを確かめるために、原告の出願地を実地に調査した。その際被告の係官は越知谷村役場において、原告の代理人として立ち合つた小林輔太郎に対し、原告が法施行の日の六箇月以前から引き続きろう石を掘採しているかどうかを尋ねるとともに、若し原告の出願が施行法五条に基く優先出願と認められないときは、原告の出願鉱物と同種の鉱床中にある金鉱、銀鉱、銅鉱、硫化鉄鉱、明ばん石等を目的とした、旧鉱業法に基く前記(イ)(ロ)の先願があるから、これらの先願に鉱業権が設定された后においては、原告の本件出願は許可されない旨注意を与えた。小林は、これに対し原告より先に出願した中島等の右(イ)(ロ)の出願の目的とする鉱物は、その出願地に存在しないばかりでなく、仮りに存在するとしても、それらの鉱物は原告の出願鉱物であるろう石とは異種の鉱床にあるのであるから、(イ)(ロ)の出願に対し原告より先に鉱業権が設定されたとしても、そのために原告の出願は不許可となるべきではない旨を強調するだけで、ろう石継続掘採の事実は何等主張しなかつたし、右事実を証明しようと思えば、直ちに村役場で作成して貰えるような越知谷村長の掘採証明書すら提出しなかつた。被告は更に翌一一日他の出願の実地調査后、原告の出願地の現状を調査したところ、過去において掘採された形跡はあつたが、それも土砂が崩壊していて、法の施行の日に六箇月以前から引き続きろう石の掘採作業を行つているものとはとうてい認められず、附近には小屋があるだけで、索道、トロツコ軌道、搬出路等のろう石掘採に使用したと認められる施設、工作物は見当らなかつた事実を認定することができ、甲第一〇号証の記載及び証人小林輔太郎の証言中右認定に反する部分は信用することができず、他に右認定をくつがえす証拠はない。

以上の認定に従えば、被告は原告の本件出願を施行法五条の規定に該当するものと認める余地はなかつたものであるから、被告が原告に対し法一八二条の規定に基き修正又は補充を命じなかつたことを以て違法とすることはできない。そして前に説明したように施行法五条の規定による出願も法二一条の規定による出願の特別の場合にすぎないから、原告の本件出願が施行法五条の規定にあたらない以上、被告がこれを一般の出願として取り扱つたことは適法である。

二、原告の(二)の主張について

中島貞信等が被告に対し、法施行前である昭和二五年一二月に、金鉱、銀鉱、銅鉱、鉛鉱、亜鉛鉱、硫化鉄鉱、明ばん石の試掘権設定の出願をし、それに対する被告の許可を得て登録をした結果、原告主張のような(イ)(ロ)の試掘鉱区が設定されたことは当事者間に争がない。

原告は、中島等の出願鉱物が右(イ)(ロ)の出願地に存在しないと主張するけれども、成立に争のない甲第二号証及び弁論の全趣旨によると、本件出願地一帯は主として噴出による石英粗面岩であつて、各種金属鉱及びろう石と同様明ばん石も存在することが不可能でない事実を認めることができる。そうすると中島等の出願鉱物がその出願地に存在しないことを前提とする原告の主張はいずれも理由がない。

そして証人伊藤博の証言により真正に成立したと認められる乙第一号証によると、原告の本件出願地は前記(イ)(ロ)の試掘鉱区に重複し、その残地は法定の面積である一ヘクタールに満たないことが明かであるから、それを理由とする被告の本件不許可処分は適法であつて、原告の本訴請求は失当である。そこで訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 熊野啓五郎 中島孝信 芦沢正則)

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